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終末期の医療費は本当に問題なのか?:最新のサイエンス誌掲載論文

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「終末期医療にどれくらいのお金が投じられているのか」という疑問は、これまでも国内で繰り返し議論されてきました。

アメリカでも同様で、New Yorker誌やNew York Times誌などで、「人生の残りわずかの時間に多額の医療費を投じるのは正しいことなのか」という問題提起がなされ、議論を呼んでいます。

今回は、Science誌に掲載されたアメリカの終末期の医療費に関する最新の研究をご紹介します。

 

 

研究結果

この研究は、メディケア(65歳以上の高齢者向け公的保険)の医療費請求データを分析に用い、2008年1月1日時点で生存していた人を対象に行われました(n = 5,631,168)。

死亡患者に投入された医療費の割合

下の図は、メディケアに加入していて亡くなった方の割合と、かかった医療費の割合を比較したものになります。

 

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一番左端の灰色の棒グラフは、1年間で亡くなった人はメディケア加入者の5%であったことを示しています。

これに対し、左から3番目の白色の棒グラフ (backfilled) は、亡くなった人が死亡の日から逆算して1年間で使用した医療費が、2008年のメディケア支出に対して何パーセントを占めているかを示しています。

このデータによると、死亡の前1年間で使用する医療費は、医療費支出全体の21.3%を占めており、やはり終末期の医療費は医療費支出の大きな部分を占めているという事実が明らかになっています。

たった5%の人が医療費の20%以上を使っているということですが、先行研究の結果もだいたいこれくらいの水準で一致しています。

真ん中の黒色の棒グラフ (unadjusted) は、亡くなった人が2008年1月1日から死亡の日までに使用した医療費が、2008年のメディケア支出の何パーセントを占めているかを示しています。

なぜこのような計算をするかというと、どの患者さんが亡くなるかというのは、事前には分からないためです。お医者さんは、たとえ治療の結果がどうなるか分からないとはいえ、目の前の患者さんを何とか助けようと様々な手を尽くすものです。

白色の棒グラフは、死亡という結果が明らかになった後に逆算で1年間の医療費を計算していますが、黒色の棒グラフは前向きに計算された結果であり、こちらの方がより現実に近いと言えるでしょう。

この結果によると、亡くなった人の医療費は全体の15.4%ということで、先ほどの結果よりも割合は少し減りました。

(これより右の3つのかたまりの棒グラフは、「終末期」の定義をそれぞれ「四半期」「1か月」「1週間」に変えて同様の計算を行ったものです。)

 

しかし、この計算も、今年中に亡くなる人が分かっているという前提での計算になるため、現実的ではありません。

そこで、この論文が新しいのは、AIによって死亡の予測モデルを作り、死亡する見込みが高い患者に対してどれくらいの医療費が投入されているのかということを明らかにしたことです。いわば、治療結果の不確実性を考慮し、より医療現場の判断に近い現実的な仮定の下で検証をしたことになります。

AIが予測した死亡確率の分布

結果を見ていきましょう。

下のグラフは、AIが算出した各個人の1年以内の死亡確率の分布です。95%の人は、予測された1年以内の死亡確率は25%以下でした。また、実際に1年間で亡くなった方の中で、AIが事前に予測した死亡確率が50%を超えていた人は、1割にも満たなかったとのことです。

患者さんが亡くなるかどうかを事前に予測することは非常に難しいということが分かりますね。

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また、下のグラフは横軸に予測された死亡確率、縦軸に医療費支出全体に占める割合を取ったものです。右に行けば行くほど死亡確率が高いわけですが、そうした患者さんが使っている医療費の割合は非常に小さいことが分かります。

例えば、死亡確率が46%以上とされた人でも、使っている医療費は全体の5%以下です。しかも、その人たちの45%は1年後も存命でした。

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死亡確率と医療費の関係

それでは、なぜ亡くなった人に多額の医療費が使われるという結果になったかというと、亡くなる方は基本的に重症であり、重症な人に濃厚な治療が行われた結果である、という非常にシンプルな結論に至ります。

下のグラフは、予測された死亡確率と医療費支出の関係を見たものです。死亡するリスクが高い人ほど医療費を使っていることが分かります。

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また、繰り返しになりますが、死亡確率が高いとされた人でも、かなりの割合の人が1年後も存命しています。上のグラフは、生存者(灰色のグラフ)であっても死亡リスクの高い(つまり重症な)人には多額の医療費が投入されていることを示しています。

筆者らは、亡くなった方の医療費の30~50%は、重症であることに対して支払われたものであるということで説明がつくとしています。

ただ、結果的に亡くなった方(実線と点線のグラフ)は、生存者に比べてやはり多くの医療費を使っています(特に死亡リスクが低い人について)。

なぜ死亡に対してより多くの費用がかかっているのか、AIの予測アルゴリズムの問題なのか、やはり何か死亡に対して特別な医療が行われているのかは不明であり、更なる研究が必要とされています。

まとめ

この研究では、亡くなった方に投入された医療費は結果的に大きいものではあるが、事前に亡くなることが確実に予測された患者さんはごくわずかであったことが示されました。

また、亡くなった方の医療費が高いのは、亡くなった方は基本的に重症であり、重症な患者さんはより多くの医療費を必要とするというシンプルな理屈によるものでした。

もちろん亡くなることが確実に予測される患者さんに対して様々な処置が行われている可能性は否定できません。しかし、そういうケースがあったとしても、医療費全体に与えるインパクトは非常に小さいものであることをこの研究は示唆しています。

筆者らは、「終末期の医療費」に焦点を当てて、それらがムダな医療費ではないかと論じることは、治療の結果が事前に分からない以上、あまり意味のないことであると結論付けています。

日本の高齢者は健康度世界一!:195か国の比較で平均より10歳以上若いことが明らかに

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195か国を比較して日本の高齢者が世界一元気であることを示唆する論文が、Lancet Public Health誌に掲載されました。

世界中でHealthy Ageing(健康な高齢化)が政策目標となっている中で、単純に平均寿命を比較するのではなく、「病気でない健康な期間がどれくらいあるか」を加味して比較した研究になります。

 

 

研究の方法

この研究は、the Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study (GDB) 2017という、アメリカ・ワシントン大学の研究所が公開しているデータを基に行われました。

日本を含む195か国の1990年から2017年のデータを使用しています。

この研究の目的は、各国の高齢者の「病気でない健康な期間がどれくらいあるか」を計算し、健康度を比較することにあります。

 

筆者らはまず、加齢と共に発生率が急激に上昇する92の疾病を特定しました。

これらの疾病には、

などが含まれています。

 

次に、これらの疾病による障害調整生命年(DALYs; disability-adjusted life-years)を計算します。

DALYsとは、病気のために失われた余命の年数のことで、「早死により失われた期間」と「疾病により障害を余儀なくされた期間」を足し合わせたもの。WHOなどでも使われている、公衆衛生学の世界では一般的な指標です。

病気の人が増えると、DALYsも上がります。つまり、各疾病によるDALYsの合計は、その国の高齢化に伴う疾病よる損失を表す指標となります。

ただし、高齢化率は国によって異なるため、単純にDALYsの合計を比較することは出来ません。そこで筆者らは、65歳時点のDALYsの世界平均を取って、各国において何歳で世界の65歳の平均得点に達するかを比較することにしました。

世界平均に到達する年齢が高ければ高いほど、その国の高齢者はいつまでも元気で、健康度は高いということになります。

研究結果

世界の平均的な65歳との比較

研究対象となった195か国において、それぞれ何歳で世界の65歳の平均に達するのかを表した図が以下です。

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この研究によると、日本の76歳は世界の65歳に匹敵する健康度を誇っており、世界で一番若いことが分かりました。日本の高齢者は、世界の平均的な高齢者よりも健康面で10歳以上若いということになります。

アメリカは平均よりもちょっと上、中国は平均くらい、ロシアは先進国の中ではかなり下の方です。最下位はパプアニューギニアの45.6歳で、40代半ばにして65歳と同じくらいの健康度ということです。

 

1990年から2017年の変化

下の図は、1990年から2017年の期間でどれくらいDALYsが減少(健康度が上昇)したかを表したものです。

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全ての地域でDALYsが減少していることが分かります。

しかし、社会経済状態が良い国 (High SDI; sociodemographic index) や高所得国 (High income)でDALYsが大きく減少しているのに対し、中低所得の国はそうでもありません。

世界において「健康格差」は拡がっているということですね。

また、筆者らはこれらの変化が何によってもたらされたのか、以下4つの要因に分解しています。

  1. 成人の人口増 (Population size)
  2. 人口構造の高齢化 (Population age)
  3. 加齢に伴う疾病の有病率 (Prevalence)
  4. 加齢に伴う疾病の死亡率・深刻度 (Case fatality and disease severity)

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上の図によると、1. 成人の人口増 (Population size)(DALYsを増やす方向に寄与)と4. 加齢に伴う疾病の死亡率・深刻度 (Case fatality and disease severity)(DALYsを減らす方向に寄与)の影響が大きそうです。

まとめ

この研究では、日本の高齢者が健康面で世界一であることが示唆されました。あくまでDALYsという指標で評価した場合の結果で、用いる指標や手法によっては順位に変動があることは留意が必要です。

日本の高齢者がなぜ健康なのか、ということについてはさまざまな説があります。

食文化や地域のつながり(ソーシャルキャピタル)、国民皆保険制度などが指摘されていますが、何が一番大切なのかはハッキリとは分かっていません。これらの要素が複合的に関連しているのでしょう。

また、この30年弱で先進国では健康度が大きく上昇したものの、途上国はやや遅れており、「健康格差」が世界で拡がっていることも明らかになりました。

日本の知見を世界に発信することで、世界中の高齢者が健康で豊かな生活を送れるよう貢献できるかもしれません。